2022年3月18日
気候変動における海洋水温変動メカニズム
大気と海洋はその境界でさかんに熱や水蒸気のやり取りを行っています。地球の表面の約70パーセントを覆う海洋の変動を理解することは大気の変動を考える際に重要です。例えば、エルニーニョ/南方振動(エルニーニョ・ラニーニャ現象)では熱帯太平洋の中央部から東部で海面の水温が変動し、上空の風や降水などに変化をもたらし、海洋と大気の相互作用が重要な現象の一つと言えます。
海洋の変動を考える際には、水温、塩分、そしてその二つから決まる海水の密度が重要な指標です。特に、海面では大気との直接的な熱のやり取りがあるため、その水温を正確に再現することは大気海洋結合モデルにおいて数ヶ月から数十年程度先の気候を予測するために重要です。海面水温を決定するプロセスにはいくつか種類があります(図1)。具体的には、海流などによって運ばれてきた熱エネルギー(移流)によって生じる温度変化、太陽からの放射や熱の拡散・混合といった効果による温度変化があります。この中でも、鉛直混合と呼ばれるプロセスがとくに重要です。鉛直混合とは海洋の流れ、密度のバランスなどの様々な要因によって生じる鉛直方向に不安定な状態を解消するために海水がかき混ぜられる現象を指します。身近な例で考えると、鍋に入ったスープを加熱すると下の方のスープは熱を受けることにより周囲よりも密度が小さくなって浮力を得て上昇しかき混ぜられるような現象を想像するとわかりやすいと思います。鉛直混合は非常に小さな現象(数センチメートル、数時間程度)ですが、海面水温の変動に大きく関わることから、数年規模の気候変動の様々な性質に対しても重要な役割を果たしています。例えば、エルニーニョ現象においても海洋の鉛直混合が大気の加熱冷却と同等の効果を持っていることが指摘されています*1。ただし、鉛直混合は観測が非常に難しく、シミュレーションモデルで再現することを試みる研究もさかんに行われています。
鉛直混合のような小さいスケールの現象を理解することは海洋モデルの精度向上に重要ですが、観測データの不足とそこから来る現象そのものへの理解の不足、シミュレーションを実行する際のコストなど、未だに多くの問題が存在します。シミュレーションと観測の両方から海洋の変動について理解を進めることで、気候変動のより良い理解と人間社会への有用な情報発信へと繋がって行きます。
参考文献
*1 Warner, S. J. and Moum, J. N. (2019) Geophysical Research Letters, 43, 13,920-13,927
研究参画者 村田 壱学
東京大学 大学院理学系研究科