2023年3月18日
中緯度海洋の水温の不思議な性質-海洋再出現過程-
海面水温は大規模な気候の変動にとって、重要な役割を果たしています(参考: https://dna-climate.org/2022/03/18/ocean-mixing/)。海面水温の変動について研究する際には、平均的な年からどれだけずれているかに着目することが多く、これを偏差と呼びます。天気予報などで見られる例年よりも暖かい(寒い)といったような表現も偏差の考え方を使っています。北緯30度より北側の中緯度の海洋では、海面水温偏差について興味深い現象が知られています。まず簡単な例えとして、湯呑みに入った熱いお茶を部屋に放置することを考えてみましょう。時間が経つとそのお茶は室温と同じ温度になることが想像できます。一般的に海面水温も同じで、ある程度の時間が経つと偏差はしだいに小さくなっていき平年の海面水温に戻るという性質があることが知られています。多くの海域では1年も時間が経つとその水温偏差の影響がなくなると考えられていますが、中緯度海洋のある冬季の海面水温偏差と次の冬季の海面水温偏差には繋がりがあることが知られています。この性質は、上記の湯呑みに入ったお茶の例を考慮すると不思議な現象であることが理解できるかと思います(お茶の例でいえば、湯呑みに入ったお茶がある程度の時間が経つと「勝手に」暖かくなるといったことが北太平洋のある海域で生じている、ことになります)。
このような、ある年の冬季にできた海面水温偏差と次の年の冬季の海面水温偏差に関係がある現象は海面水温偏差が再出現する過程であるため、「海洋再出現過程」と呼ばれています。海洋再出現過程は、1974年に発見されていて、多くの研究では海洋の浅いところにある、密度(もしくは温度や塩分)が均一な層(混合層と呼びます)の厚さが季節によって変動することが大きな要因であるとされています。混合層の性質として、混合層の内部にある水温は海面水温とほぼ同一であるとみなすことができます。混合層が冬季には深く、夏季には浅いという季節間のギャップによって、「ある冬季にできた海面水温偏差が夏季には混合層の下でそのまま維持され、再び混合層が深くなる時期にこれを取り込むことによって次の冬の混合層内の水温が前冬季と同一符号を持つ(図1)」、という理解がされています。しかしながら、海洋の水温はさまざまな要因によって変動することから、海洋再出現過程のみで冬季の海面水温偏差の形成プロセスを断定するのは不十分であることが想像できます。
海洋再出現過程に関する大きな理解を深めるためには、海洋モデルによる数値シミュレーションもまた有効な方法となっています。というのも、海洋モデルを用いることで、大気、海流、海洋再出現過程の相対的な比較を行うことができるからです。海洋モデルを用いたシミュレーションには多くの問題点がありますが、海洋再出現過程をはじめとする海洋で起こる不思議な現象を解くための手がかりとしても有効なツールになっています。
研究参画者 村田 壱学
東京大学 大学院理学系研究科